(詳しい資料がないので工廠跡の範囲は推定です)
沼津海軍工廠は横須賀の海軍工廠の施設分散のために1943年(昭和18年)に開設され、主に電波探信機(レーダー)や航空無線機の製造が行われた。
沼津駅北部一帯(双葉町、本田町、沼北町、五月町、柳町、神田町など)の広範囲が接収され住人は強制移転させられたそうです。
金岡護国神社には沼津海軍工廠工員養成所跡地の石碑が建てられています。
裏には服務綱領が刻まれている
沼津海軍工廠には23,000人の人が働いていたともいわれ、県下各地からの学徒動員もなされたようです。
海軍工廠跡地の西端を流れる川は新中川、地元では囚人掘りの通称で呼ばれています。
昭和10年代に工事が行われ、当時の沼津および静岡の刑務所の囚人を使って切り開いた排水路です。
囚人堀の終点は駿河湾
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